校長贅言73 三燦会主催講演会 金田一秀穂先生 「世界一受けたい日本語授業」
昨年度に引き続き、三燦会文化部講演会グループの皆さんのご尽力によって、7月10日(土)にZoom講演会が行われました。講師は、言語学者でテレビの「世界一受けたい授業」などでもおなじみの金田一秀穂先生です。金田一京助・春彦という高名な学者の家系に生まれた先生は、さぞかし頭脳明晰で気難しい方なのかな、と勝手に想像していましたが、頭脳は明晰ですが、その人柄はほんわかしていてしぐさも表情もとても人懐っこい感じでした。
7階の普通教室には文化部のお母さんたち10名ほどと教員志望の3年生が1名、そして市川教頭と私。Zoomを通しての視聴者は232名。そのお話の一端を紹介すると………。
学校にふさわしいお話ができない、という口ぶりで、ご自身の学校についてのお話から始まりました。レベルの高い都立高校に進学したものの、「高校は何をするところか、本当にわからなかった」。「ぼくは友だちが嫌い」。「ほかの人と同じことをするのがいや」。こういった理由で朝、出席を済ませるとバスで新宿の本屋へ行って岩波文庫とか岩波新書などを買って喫茶店で読んで、また帰りのHRまでに学校に戻る。あるいは、授業に出ずに学校の図書館に籠って本を読んでいた。そういう生徒が10人くらいいたが、自由な校風で怒られることはなかった。自分は高校生ではない、と思っていたし、高校の名前で生きているのが嫌だった。自分は何をしに生まれてきたのか、この世はどうなっているのか、を知りたいと考えていた。こうして悩んでいると、理解させてくれる本があった。
また、小学校1年生のときから、ネフローゼという病気のために2年間、入院した経験も話してくれました。周りにいた腎臓病や白血病の子どもたちのベッド周辺が、ある夜騒がしくなったと思ったら、翌朝にはガランとなっている。みんな良い子だったけれど、亡くなっていく。そこでわかったのは「努力は報われない」ということ。努力は、傍から見たら努力かもしれないが、本人にとっては努力ではない。本人はやりたくて、やっている。祖父の金田一京助は、若い時にアイヌ語の研究を始めた。誰も研究していない、金にもならない。でも研究したくて研究を続け、辞書は売れたが、一時はお茶も買えないほどお金がなくて苦労した。
このような、ユーモラスな語り口で、しかしよく考えると自分の本心に正直な、ごまかしのない生き方を真摯に探ってこられた先生の話は続きます。「努力は報われない」など、受験生や保護者が耳にすると表面的にはシニック(冷笑的、皮肉)に聞こえる表現もありますが、裏を返せば、本当に自分が興味を持てること、楽しめる対象を見つけなさい、ということになると思います。聴いている側から出た「後悔しない進路選びとは?」という質問には「そんなのない、必ず後悔する」と返していましたが、覚悟して選択し、選択したことには将来に亘って責任をもつこと、という意味に、私には聴こえました。なぜ勉強するのか、ということについては、自分の可能性を広げるためだし、本当に勉強する必要性があるのかを見極めてください。また、わかる楽しさを勉強の中に見つけてください、とアドバイスしてくれます。「ちょっと前」が過去をさすのはなぜ? 「1日おき」という表現はあるのに「24時間おき」と言わないのはなぜ? と勉強する意味を問い直すような言葉が続きます。
最後に、コロナ禍の現状を取り上げ、これは太平洋戦争や東日本大震災と違って世界中が経験していること。だから世界中で共有・共感できる。大切なのは、どんなふうに困っているのか、何ができて何ができなかったのか、などを押さえておくこと。私たちはとても変わった時代に住んでいるのです、という言葉が印象的でした。そのために、たとえば江戸時代と明治、二つの時代を生きた人、福沢諭吉や中江兆民、森鴎外の著作を読むことで自分の「考える軸」「考える基盤」ができるのではないか、ということもとても勉強になりました。
あらためて、金田一秀穂先生にお礼を申し上げます。また、この講演会を企画・準備・運営してくださった三燦会のお母さん方にも感謝です。ありがとうございました。(7月11日)